中国の古い医学書「黃帝内経素問、霊枢」に「女性は7の倍数、男性は8の倍数の年齢の時に節目を迎え、体に変化が訪れる」とあります。50歳台後半から老化が見え始め、60歳台はまだ持ちこたえるものの、70歳台後半を越すと、衰えは増し、生活レベルが下がってきます。さらに次のような課題が出てきます。
・虚弱化
・老年症候群
・生前意思表示
・病と死
特に、「虚弱化」、「老年症候群」の対応について、本サイトから提案したいと思います。
「生前意思表示」、「病と死」についてもすこし触れたいと思います。
最初にそれぞれの課題について説明を加えます。
1. 和漢診療学の寺澤捷年(かつとし)先生の著書では病気を次のように分類しています。
「病気の4分類
A:そのまま放置すると死に至るが、治す方法がある
B:不調が起こっているが、自然経過で治る
C:死ぬことはないが、不調で生活の質が悪い
D:治らずに死に至る
今日の医学研究はD群、通常医療はA群である。しかし、圧倒的に多いのがC群である」
本サイトではこれに次のような東洋医学的な分類も加えます。
E:未病と言われ、健康と病気の中間の概念で、そのまま放置しておけば病気になる状態。心身共に自らの養生が必要になる。
F:先天的/後天的(生活習慣等)に獲得した体質 ⇒未病、病気の誘因となる。
2. 虚弱化は病気の分類の内、C、E、Fが増加し、A、Bの治りが遅くなります。
動脈硬化、分泌物の減少、骨密度の低下、物忘れ、目、耳、歯、咀嚼、足腰の衰え、不安定な歩行、呼吸が浅くなる、老いの恐怖・不安、順調ではない排泄、夜眠れない、眠りが浅い、よく目が覚める、経済的なことの不安、こういったことがゆっくりと進行します。人それぞれに基本日常生活のレベルを落とし、生活をこなすこと、乗り切ることが精一杯となり、限界を超えていきます。
3. 老年医学専門医の大蔵暢(とおる)先生の著書によると虚弱化は次のプロセスで進行します。
・健康期→衰退期→高度衰退期→終末期
・例えば歩行の状態、介護状態、認知状態を挙げてみると
-健康期:安定した歩行、日常生活自立、認知症なし→
-衰退期:補助具使用(杖/手押し車)、軽度要介護、早期認知症→
-高度衰退期:車椅子、重度要介護、進行期認知症→
-終末期
4. 大蔵暢先生の著書によると「老年症候群」の定義は次のように表現されています。
「高齢であるという一大原因と強い関連を持ったいくつもの病気の集合体」
先生は代表的な例として次を挙げています。
・認知症
・せん妄
・老年期うつ
・骨の老化、転倒
・慢性めまい症
・尿失禁と頻尿
5. 老齢化に伴いかなりの高確率でなる重度の病気があります。多くは生活習慣に起因します。後述する大谷肇先生はサクセスフル・エイジングを阻む最大の敵は生活習慣病と述べています。
・脳血管障害(脳卒中)
・糖尿病
・心臓病
・関節疾患(特に膝関節と股関節)
・がん
6. 事前ケア計画とは「将来自分が重篤な病気にかかり、そのときに自分自身が医学的な判断ができなくなった状況を想定して、受けない治療やケアを事前に計画しておくこと。生前意思表示と代理決定から構成される」と定義されています。これに関し、医療の現場ではさまざまな難しい問題を抱えていると聞いています。この問題の是非は、本サイトの範疇を超えていますので言及できません。生前意思表示については、人それぞれの人生観、価値観、死生観や倫理観、最期の迎え方も合わせて、ご家族はもちろんのこと、医療従事者・介護従事者とも話をしておくことが重要だと言われています。そのためにはまず自分の考え方を決めておく必要があると考えます。
少なくとも次のことは決めておく必要があると思います。
・胃瘻造設、人工栄養の選択
人は「先天の気」で生かされ、「後天の気」で生きています。気は生命エネルギー、自らの力で自らを生かす生命エネルギーが無くなったとき、どうすべきか…。先天の気は、次の若い世代に受け継がれています。
気の説明は「臓腑論とは何か」ページを参照してください。
(豆知識)
人工栄養法の種類
●経腸栄養法(経管栄養法)
・胃瘻、腸瘻:胃や腸に穴を空けて栄養を直接胃や腸に流し込む方法
・経鼻経管栄養:鼻から管を入れて栄養を直接胃に流し込む方法
●静脈栄養法
・末梢点滴:静脈に点滴をする方法
・皮下点滴:皮下組織に点滴をする方法
・中心静脈栄養:太い血管にカテーテルを入れて点滴をする方法
7. 医師でもあり小説家の久坂部羊先生のエッセイに次のような文章が出てきます。
「できるだけ長生きしたいと思っている人は、たいてい元気なまま長生きできると思っている。高齢者医療の経験が長い私には、それが夢想であることは明らかだ。実際の長生きは苦しい。身体が弱り、機能が衰え、生き物としてどんどんダメになっていくのを、日々実感するのが長生きなのだから」
「身体は衰えても精神が成熟するという人もいるかもしれない。だが、せいぜい七十代までで、それ以上になると、自制心も判断力も老化で衰え、心配性でこらえ性のない困った年寄りになることが多い。長生きの肉体的な苦痛は、精神の成熟など許す余裕もないほど厳しい」
「よく考えれば、ピンピンと元気に老いるには、摂生して健康に注意しなければならない。そういう生き方をした人は簡単には死ねない。コロリと死ぬのは不摂生をした人だ。ピンピンと元気に老いた人は、ダラダラと弱って死ぬ。寝たきり、下の世話、床ずれ、関節拘縮、誤嚥、腰痛、不眠、便秘、うつ病、呼吸困難、全身倦怠など、苦痛に満ちた老衰のフルコースを味わうことになりかねない。 世間には、老衰で眠るように死にたいという人もいるが、老衰はそんな生やさしいものではない」
一方において東大の秋山弘子先生はレポートや対談で次の様に述べています。
「90年あればまったく異なる複数のキャリアを持つことも可能になります。1つの仕事を終えて、60歳代から次のキャリアのために学校で勉強し直すという"二毛作"の人生設計もあり得るのです。
つまり、人生が倍近く長くなっただけでなく、選択も幅広く、自由度が高くなりました。今や、人生を自ら設計する時代となったのです」
「男性では、70歳になる前に健康を損ねて死亡するか重度の介助が必要になる人(長寿社会の若死群)が約2割、80~90歳まで自立を維持する人が約1割、大多数の約7割が75歳くらいを境にして自立度が徐々に落ちていく虚弱化という3つのパターンがみられました。
女性では、約9割が70歳代前半から緩やかな虚弱化が始まり、残りの人たちは長寿社会の若死を迎えるという2つのパターンがみられました。若死群は心臓発生や脳卒中などの疾病によって急速に動けなくなったり、死亡したりする人が多いのですが、虚弱化群はもっぱら骨や筋肉の衰えによる運動機能の低下により自立度が徐々に落ちていきます。
これらの結果から、男女合わせて約8割の人たちが75歳から徐々に衰え始め、何らかの助けが必要になることが明らかになりました。75歳以上の後期高齢者には要介護・認知症というイメージがありますが、大多数の人たちは多少の助けがあれば日常生活を自立して続けることができるということです」
良書『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』の著者大谷肇先生は著書で次のように述べています。
「人間の生存戦略とは、寿命を延ばすことによって蓄積した知識や経験を次世代に伝えることである。
世の中のために自分ができることは何かを見つけ出し、それをやり遂げようとする志が生きがいである。
自分のやりたいことと義務が一致したとき人は最も幸福だと言われている。自分のやりたいことを義務にできるのも高齢期である」
「人間にとって「死」という人生最後の大仕事に立ち向かうことは、生きることと同じくらいに大切である。よりよく生きることと、よりよく死ぬことは表裏一体だからである」
生物学者である小林武彦先生は著書で次のように述べています。
「生物は、常に多様性を生み出すことで生き残ってきました」
「有性生殖は多様性を生み出すために進化した仕組みです」
「ヒトの場合には、多様性を「個性」と言い換えてもいいと思います。親や社会は、既存の枠にとらわれないようにできるだけ多様な選択肢を与えること、つまりは単一的な尺度で評価をしないことです。
加えて、この個性を伸ばすためには親以外の大人の存在が、非常に重要になってきます」
「ヒトのような高度は社会を持つ生き物は、単なる保護的な子育てに加えて社会の中で生き残るための教育が重要です。そのために、親は元気に長生きしないといけません。親だけでなく、祖父母や社会(コミュニティ)も教育、子育てに関わることが大切になってきます」
石原慎太郎氏は雑誌の寄稿で次のように述べています。
「晩節に於ける肉体の衰弱がもたらす『死』への予感を超克し安定した晩節を維持するために人間は何を杖として自分を支え人生を全うすれば良いのだろうか。
それは死の到来を予感させる老化を阻止する試みを反復する以外にあり得まい。それこそが人生を全うする唯一の手立てでしかあるまい。それこそが死を予感させ人間を萎縮させる時間の堆積を背負いながら己を全うさせて生き抜くための唯一の手立てに他なるまい」
8. 病と死について、筆者はどう思っているのか、私は江戸時代後期の臨済宗禅僧であり、画家である仙厓義梵(せんがいぎぼん、1750~1837)の言葉が好きです。
「人生は七十歳より」
七十歳にてお迎えあるときは今留守だと言え
八十歳にてお迎えあるときはまだまだ早いと言え
九十歳にてお迎えあるときはそう急がずともよいと言え
百歳にてお迎えあるときは時機をみてこちらからボツボツ行くと言え
次の逸話も好きです。
仙厓和尚の臨終の時の話です。
周りの者が最期に何か一言をと望んだときに 仙厓和尚がポツリと言った一言
「まだ 死にとうない」
9. 先人の言葉より
ヴィクトール・フランクル
「生物学的に下り坂になるとき、いわば人生の方はやっと上り坂になるわけです」
「人間が本当に必要としているものは緊張のない状態ではなく(中略)努力し苦闘することなのです」
牧野富太郎
「私は今年八十五歳になるのだが、我が専門の植物研究に毎日毎夜従事していて敢て厭くことを知らない。」
(先人の言葉の参考文献)
榎本博明(2023) 『60歳からめきめき元気になる人』 朝日新聞出版.
10. 秋山先生が次のようにおっしゃっています。
「私が行った調査研究では自立度低下の要因が虚弱化であること、それが75歳以降の生活に大きく影響することがわかっています。したがって、今後はどのように虚弱化を予防するかがわかれば、私たちはより豊かな生活を送ることができるのではないかと期待しています」
上記した久坂部羊先生のエッセイの続きです。
「ではどうすればいいのか。要は自然な寿命を受け入れることである。
心底、寿命を受け入れる覚悟ができれば、自ずと病院になど近寄らなくなる。そうすれば、時間も心も肉体もゆったりして、今、生きていることのありがたみが分かるだろう」
「覚悟を決める」、「死」ということについて、自分の経験です。五十代の頃、胸に小さなしこりが見つかり診療所の先生から「もしかしたら」ということで大病院の紹介状を書いてもらいました。男ではありますが、マンモグラフィーを始めいろいろな検査をしました。「いつ死んでもよい様に自分は生きている」なんて思っていましたが、そんなものは吹っ飛んでしまいました。家族、会社、いろんなやり残しのことがある、まだまだ死ねない、痛切に思いました。結果が出るまで一ヶ月半、生きた心地がしませんでした。結果は恐れていた病名とは全く関係ないものでした。「覚悟を決める」、「死」ということは簡単に断じられるものではないと思います。
「今を懸命に生きる」、私が訴えたい本テーマのベースです。
生きている間、老齢化・虚弱化への対応について努力を続けること。
命を延ばすことが目的ではありません。老いていく、弱っていく過程においてもいかに豊かな日々を送ることができるかだと思います。
11. 「虚弱化を防ぐ」、ここに東洋の知恵を生かしていただきたいと思います。自立できている期間に当項と次項のツボ療法や運動を行うことが提案の基本になります。
まず、未病の治療、体質改善、生活習慣病の予防をしてください。
『未病の治療、日ごろの不調の改善、生活習慣病の予防、ケア、養生をし、少しでも健康に近づけること、健康であり続けることが、その方の人生を豊かにし、年配になってもチャレンジをし、人とのつながりを持つことができるベースだと思います』
このサイトの主眼そのものです。これは老年期に限定されたものではありません。
具体的には「各治療法」ページを参考にし、施術してください。
いろいろな未病の治療、生活習慣病の予防、体質改善を掲載しています。毎日20~30分はかかると思います。
・特に「腎」、「脾」、「肺」、「肝」、「心」の五臓を養うことが基本です。「養生のツボ」またはそれぞれの五臓の各「機能向上」ページを勧めます。
・各生活習慣病の予防には次のそれぞれのページを参照し、施術してください。
「血管の養生」、「歯の養生」、「白内障」、「老人性難聴」、「高血圧」、「認知症予防のポイント」、「糖尿病予備群治療のポイント」、「脂質異常症」、「脳卒中予防」、「冷え症」
・一覧できる「老齢化・虚弱化への対応ツボ一覧図」も掲載しました。ぜひ活用してください。
・体質改善は「体質とツボ」を参照し、施術してください。
12. さらに老齢化・虚弱化をすこしでも先延ばしするために次のことを毎日のケアに加えてください。
①次のキーワードを意識し、週に3~4日は関わってください。
「しなやかに生きる」、「無理せず、楽せず」、「つながる」
・長年やってきたスポーツの継続、有酸素運動、筋肉トレーニング、バランス運動、ストレッチ(ヨガ、太極拳)を続けてください。公民館やコミュニティーセンター、ジムへの参加を勧めます。
・本サイトの「運動による養生法」ページも勧めます。
・外出し、人とのつながりを持ってください。
・世間話しかしない人とのつながりも大事にしてください。どこかで会話が広がります。
②感染症を予防してください。感染症の予防には「免疫力を上げること」、「清潔であること」、「栄養状態が良いこと」。です。
・手洗い、うがい(水)をしてください。2020年コロナウイルス感染症でその効果を実感します。
③食の養生は大きな柱です。「体質とツボ」を参考にしてください。具体的な食べ物については、ご自分で勉強してください。くれぐれも腹八分目、30回の咀嚼を忘れないでください。
13. 高度衰退期に入った後は、医療、介護、看護の役割に入り、ツボ療法の役割は大幅に後退します。自分で自分自身をケアすることは困難になり、体を動かすことができなくなります。ご家族か、ご兄弟にお願いすることになりますが、緩和ケアのひとつとして有効です。
お勧めは次のページです。このページからご本人が喜ばれる方法を選んでください。
「養生のツボ」、「リンパを流す(経絡を使う)」
狙いは手足のツボを使って、五臓六腑を養い、全身のケアをします。
これまで述べてきたことを絵にします。
(参考文献)
・秋山弘子(2018)、『人生"二毛作"時代の新しいまちづくり』、 閲覧日 2020-08-07、
https://www.tyojyu.or.jp/net/topics/taidan/taidan2.html
・石原慎太郎(2021)『文藝春秋2021年6月号(特別寄稿「晩節における『死』との対峙」)』文藝春秋.
・大蔵暢(2013)『「老年症候群」の診察室』朝日新聞出版.
・大谷肇(2013)『長生きしたければミトコンドリアの声を聞け』風詠社.
・川越厚(2015)『ひとり、家で穏やかに死ぬ方法』主婦と生活社.
・久坂部羊(2017)『新潮45/2017年6月号「実際の長生きは苦しい」Page39~』新潮社.
・後閑愛実(2018)『後悔しない死の迎え方』ダイヤモンド社.
・小林武彦(2021)『生物はなぜ死ぬのか』講談社.
・高橋勇悦/編、和田修一/編(2001)『 生きがいの社会学-高齢社会における幸福とは何か-』弘文社.
・寺澤捷年(2015)『和漢診療学』岩波書店.
・星旦二(2016)『元気で長生きな人に共通する生活習慣29』ワニ・プラス.