認知症の改善にツボ療法は、「徘徊(はいかい)が減少し、言葉や肉体による攻撃性が軽減するなど、明らかな改善効果が認められた。」と米医学誌「Journal of Clinical Nursing」に掲載されたほか、ほかの文献にも同様な効果が報告されています。
認知症は75歳を過ぎると発症率が急に高まるという報告があります。できるだけ、予防、または軽い段階での改善及び重症化予防に努めることが大事です。
予防には、その人の生き方、生活習慣が大きくものをいいます。ポイントは次の通りです。(詳細は「認知症予防のポイント」を参照してください)
①知的好奇心をもつこと、外出&社会との接触をすること、その人の役割があること、目標を持つこと
②有酸素運動、筋肉トレーニング、バランス運動は日常的に必須
③脳卒中、糖尿病、高血圧、脂質異常症を予防すること
④食習慣の偏りをなくすこと
⑤「理性」で考えること、「深く」考えること、「志」を持って考えること(次の項参照)
⑤噛むことは大事、五感も大事、特に視覚、聴覚、嗅覚
その上でのツボ療法です。
東洋医学の観点から述べます。東洋医学は精神作用を五行思想から「魂(精神を支える気)」、「神(精神・意識・思惟の主宰)」、「意智(しようとする思い、熟慮すること)」、「魄(激しい意気込み)」、「精志(意を支える心、根気、志)」に分け、それぞれ五臓「肝」、「心」、「脾」、「肺」、「腎」に割り当てています。その中で特に「神」、「意智」、「精志」の衰えが認知症に影響を与えると考えます。「神」、「意智」、「精志」はわかりやすく言うと「理性で考えること」、「しようという思いと深く考えること」、「志を持って考えること」です。東洋医学はこれらの「考える」ことを活性化するためにそれぞれ対応した「心」、「脾」、「腎」を補います。
これらの観点から、日常的に自分で簡単にでき、ほかの症候でも使う万能のツボを選びました。ツボの直接の狙いは、脳の活性化、脳内の血流改善、臭神経の活性化、先天の気(元々ある体のエネルギー)の回復、血流の促進、冷えの改善、イライラ防止です。
頭のツボを日常的にセルフで施術することを勧めます。
1. まず定番の頭頂部のツボです。脳の活性化、脳内の血流促進が狙いです。
①右図「百会」(頭部正中線と左右の耳尖を結んだ線の交叉部)
髪際から指幅7本上か7本弱(女性は6本上)で少しくぼんでいるところを探ります。「百会」、次の「四神聡」の押し方は首筋を立て脊髄の真ん中めがけて気を送りこむことをイメージします。
「四神聡」(百会の前後左右親指の幅1本)
「神」は精神の意味、「聡」は聡明の意味で、精神状態を落ち着かせることができ、自律神経のバランスが是正され、頭の感じをスッキリさせる効果があるツボです。百会の後のツボは単独で「防老」と呼ばれるツボです。
「神庭」 (鼻の真上、髪際(かみぎわ)より指1本弱入る)
眉間から指4本のところにとります。脳の疲れをとるツボです。
「百会」、「四神聡」、「神庭」ともに、中指の先で頭蓋骨の中心部に向かう感じで押してください。弱いと感じる方は、拳を使い、中指の第二関節で、片方の手を拳にかぶせるように押してください。
2. 次に額(ひたい)のツボです。鎮静、記憶障害/見当識障害の早期症状の改善、脳活性化を狙います。
①まず、1984年WHO西太平洋地域事務局会議で同意が得られた「頭皮鍼穴名称国際標準」のツボです。
「額中線」 (頭の正中線、縦の線は前髪際から指2本下まで(縦の線は以下同様))
「額旁Ⅰ線」 (頭の正中線から指1本半外側)
「額旁Ⅱ線」 (まっすぐ前を見た状態で瞳孔を上がった線上)
「額旁Ⅲ線」 (額角から指半分内側)
②次は宮崎県日南市から山元敏勝先生が世界に発信している山元式頭鍼療法のひとつです。
「眼」、「鼻」、「口」 (正中線から1cmの両側、生え際から2cm下、1cmごとに眼、鼻、口を配置)
「耳」 (鼻点の両側約2cm)
「頭部/頸部」 (生え際の位置で正中線から1cm両側、生え際上から下に向けて2cm)
「胸部」 (眉頭より1cm上、上方外側15度の角度で2cm)
(本項の参考文献)
・王暁明 (2015) 『頭鍼臨床解剖マップ』 医歯薬出版.
・加藤直哉・冨田祥史 (2019)『山元式新頭鍼療法の実践』山元敏勝監修 三和書籍.
3. 次に頭頂部のツボです。
①次に右図督脈(頭の正中線)、膀胱経(頭の正中線から指二本横)、胆経(前頭部眉毛中央を上がった線及びその外側の線)という経絡(ツボの経路)を前髪際指2本下から後方に少しずつ上がっていきます。
頭部の押し方には二つあります。
・ひとつは頭皮揉搓法です。人差し指、中指、薬指の腹で軽く押して前後にゆらしながら進みます。くぼみがあればそこをすこし揉捻します。表面を揺らしますと髪が引っ張られますので注意してください。高齢者、体力が弱っている方向けです。
・もうひとつは親指での指圧です。自分でやる場合は中指を使います。経絡に沿って指2本ずつぐらい離して押していきます。押したら3~5秒キープします。できれば、「頭のツボ図解」ページを参照し、督脈、頭頂部の膀胱経、胆経の個々のツボの位置を意識してください。
(豆知識)
「頭鍼」は「頭皮鍼」ともいい、WHOが定めた刺激区域4区14線は頭皮上に大脳皮質の「機能局在」をそのまま投影している。
4. 次に側頭部のツボです。
①右図側頭部の線を押していきます。頭鍼で使用する頂顳前斜線、頂顳後斜線、顳後線という線です。コツは上述と同じです。
頂顳前斜線:「懸釐」(もみあげを上にたどり、眉の高さより少し上)~「前頂」 (「百会」の指2本前)の線
頂顳後斜線:「曲鬢」(もみあげ後縁の垂線と耳尖の水平線の交点)~「百会」(頭部正中線と左右の耳尖を結んだ線の交叉部)の線
顳後線:「曲鬢」(もみあげ後縁の垂線と耳尖の水平線の交点)~「率谷」(耳尖の直上、指2本)の線 → 言語障害の改善を狙います。
5. 次に後頭部のツボです。
①頭頂結節の下から側頭に近い後頭部にかけて、縦の線を押していきます。途中、アステリオンも押します。
右図「言語2区」 (頭頂結節の後下方2cmより下3cmの区域)
運動性の失語症(言葉は理解できるが発音がむずかしい)に効果があるといわれています。
「アステリオン(星状点)」 (ラムダ縫合、頭頂乳突縫合及び後頭乳突縫合の合点)
耳尖(耳介の尖がった先)の指1本弱上から指4本ほど後方のくぼみです。耳鳴りや目の養生で使います。
「後頭乳突縫合」 (後頭骨と側頭骨乳突部(側頭骨後方を形成する側頭骨の一部分)の間)
胆経という経絡のツボが並んでいます。側頭部の痛みや耳鳴り、難聴に良く効きます。
②次に右図の外後頭隆起の上下の横の線を押します。
目安として、
右図b1外後頭隆起の下の線(2本)、
b2外後頭隆起の上の線、
を中心部から側頭部にかけて押してください。b2の線上には「脳戸」、「玉枕」、「脳空」というツボが並んでいます。
「脳戸」 (頭部、外後頭隆起上方の陥凹部)
「玉枕」 (「脳戸」の外方指1.5本強の小さなくぼみ))
「脳空」 (「玉枕」の外方指1.5本弱(「脳戸」の外方指3本)のくぼみ)
且つ、上記した耳尖(耳介の尖がった先)の指1本弱上から指4本ほど後方のくぼみ(「星状点(アステリオン)」)も念入りに押して下さい。
6. 首のツボです。
右図「風池」 (僧帽筋腱(僧帽筋の起始部)と胸鎖乳突筋の間の陥凹部、後頭骨の骨際)
体の正中線より指3本弱外側に位置します。
「風府」 (外後頭隆起下方(指二本弱)の陥中)
「風池」と同じ高さになります。
「天柱」 (盆のくぼの中央から指2本外側で僧帽筋腱の外縁陥凹部)
左右の「風池」を結んだ線より少し下側に位置します。「風池」を結んだ線には「上天柱」というツボがあり、「天柱」に劣らぬ効用があります。
首を後ろに倒し、首の重みを利用して右側は左手の(左側は右手の)中指で押さえた方が効きます。
「健脳」 (風池より指幅1.5本下)
指幅1本下という説もありますが、本サイトでは1.5本下とします。ツボの名前通り健脳を狙います。
「百労」 (脊柱の正中第七頸椎棘から指幅3本分上、外側指1.5本)
人によって第七頸椎棘から指幅4本分上が効く場合もあります。
7. 次に足のツボを使う方法です。脳の活性化、嗅神経の活性化、先天の気(元々ある体のエネルギー)の回復、血流の促進、冷えの改善が狙いです。
①右図「脳ゾーン」(足の親指腹全体)
手の拇指の腹または示指の横で押し揉みます。力が入らない方は指圧棒で押し込んでください。
「湧泉」 (足の五指を屈し足底中央の最も隅なるところ)
中国では足の中心線で、指の付け根から踵までの長さの指の付け根から1/3のところにとりますが、ここでは少し上のくぼんだところとします。指圧するときは一番反応のある箇所を選んでください。指圧棒を使い、皮膚に直角に押し、最後に足先のほうに押しこんで脱力します。先天の気の回復を狙います。
「副腎」の反射区 (湧泉の下のエリア)
②右図「三陰交」 (内踝の直上指4本、脛骨の後縁)
血流の促進、冷え予防を狙います。
右図「血海」 (大腿骨内側膝蓋骨内上角の上方指3本)
血流の促進、冷え予防ではこのツボも欠かせません。
③右図「足三里」(膝の外側直下の小さなくぼみから指4本分下)
元気を取り戻し、胃を活発化します。
④イライラがあり、ストレスにより消化吸収機能に異常がある場合はこのツボを加えてください。ストレスを抑えます。
右図「太衝」 (第一、第二中足間を圧上して指の止まるところ)
足の中心に向かい、押します。ストレスがある場合、「太衝」を押さえると痛くて飛び上がります。
8. 次に手のツボを使う方法です。心・精神の安定、脳の血流促進が狙いです。
右図「神門」 (腕横紋上で尺側手根屈筋腱の橈側(親指側)にとる)
片方の手の拇指で皮膚に直角に押し、最後に示指の根元のほうに押しこんで脱力します。そのほうが、ひびきがあると思います。
「内関」 (腕関節掌側横紋の正中から指2本)
「内関」を押すときに次の「外関」も一緒に挟んで押してください。
右図「外関」 (腕関節背側横紋の中心(やや小指側)から上方指2本、橈骨と尺骨の骨陥)
自律神経を整えます。腕関節横紋から指で滑らせていくと皮膚のたるみで指が止まるところです。
右図「合谷」 (手背、第2中手骨中点の橈側)
第2中手骨中点にくぼみがあり、そのくぼみの橈側に取ります。
次の「手三里」とともに脳を刺激するツボとして有名です。
右図「手三里」 (「曲池」(肘を十分屈曲して、肘窩横紋外端の陥凹部)より前腕橈側指3本下)
9. 運動も認知症予防に効果的と言われています。有酸素運動、筋肉トレーニング、バランス運動の3本柱が不可欠です。「自分でできる運動療法」ページで紹介しました《下半身の強化》、《バランス運動と下半身の筋肉トレーニングの組み合わせ》はぜひお勧めします。
《豆知識》
自らも認知症になった専門医、認知症の第一人者である長谷川和夫先生の著書より
・認知症は「固定されたものではない」ということです。朝起きたときが一番調子が良い、それが午後一時まで続きます。午後一時を過ぎると、自分がどこにいるのか、何をしているのか、わからなくなってくる。だんだん疲れてきて、負荷がかかってくるわけです。それでとんでもないことが起こったりします。
・認知症になったら、(症状の現れ方は)不変的なものだと思っていました。これほど良くなったり、悪くなったりというグラデーションがあるとは考えてもみなかった。
・生きるということは、やはりたいへんです。ときどき疲れて、もういいよ、もう十分だよとボク自身もいいたくなります。歩けない、歯が抜ける、思ったこともうまく伝えられないなど、たくさん不都合なことが起こりますが、やはり、これじゃいかんと耐えて、自分を奮い立たせて今を生きる。それこそが、長生きをしているものの姿ではないかと思います。
長谷川先生の認知症は「嗜銀顆粒性(しぎんかりゅうせい)認知症」で、進行が比較的緩やか、記憶障害以外の認知機能の低下はあまり目立たず、怒りっぽくなる頑固になるほか、不安や焦燥、抑うつなどの症状が見られる。
(豆知識の参考文献)
・長谷川和夫ほか(2019)『ボクはやっと認知症のことがわかった』KADOKAWA.